五輪真弓の「恋人よ」を聴くために・・
今日は晴天でした。こんなに雪の無い1月は初めてのような気がします。県内は積雪が多いと言われている所も多いようですが、新潟市内はまったく有りません。1月も終わりそうなのに、一度も雪かきをしていない冬も今まで無かったと思います。(^ ^)

目の前の新幹線脇の高架橋工事は、順調に進んでいるようです。
でも完成するのは十年位先の話しなのでしょうね。(^_^;)
本日1月24日の「今日は何の日」は、
1951年1月24日、歌手・五輪真弓さんの63歳の誕生日です。
今更取り上げる事も無い程、有名ですので紹介するまでも無いですね。

ここに有名な曲「恋人よ」を入れてあります。
この歌は、1980年8月に発売された五輪真弓さんの18枚目のシングルですが、五輪真弓さんのシングルでは最大のヒット曲で、代表曲の一つとして挙げられますね。
いっぱい聴きたい曲があるのですが、この曲を入れたのにはワケがあります。
それは新潟県出身の木田高介氏を紹介したかった為なのですが、この人だけを紹介しても誰?と言われそうなので便乗させて頂く形で紹介です。(^-^)/

新潟県立新潟高等学校卒業後、東京藝術大学打楽器科に入学した木田氏は、在学中にジャックスというグループに途中参加、ドラムを担当していました。
その後ぱっとせず解散してしまいますが、解散後は編曲家となり、数々のヒット曲を手掛けました。
少し上げてみますと、
上條恒彦(出発の歌) 作詞:及川恒平、作曲:小室等、編曲:木田高介
かぐや姫(神田川) 作詞:喜多条忠、作曲:南こうせつ、編曲:木田高介
りりィ(私は泣いています)作詞:リリィ、作曲:リリィ、編曲:木田高介
ダ・カーポ(結婚するって本当ですか) 作詞:久保田ひろ子、作曲:榊原政敏、編曲:木田高介、石川鷹彦
TULIP(魔法の黄色い靴)作詞・作曲:財津和夫/編曲:チューリップ・木田高介
など数々のヒット曲を手掛けていますが、作詞・作曲と違って編曲者が紹介される事も少ないですし、1970年代に活躍された人ですから、知らないと言われても仕方無い所でもあります。(^_^;)
1975年からは、ザ・ナターシャー・セブンに所属していましたが・・・

歌手の間では欠かせない編曲者だったわけですが、残念な事に1980年5月、山梨県の河口湖沿いにて車を運転中に事故を起こし、同乗していた阿部晴彦さんと共に亡くなってしまいました。まだこれからという31歳の若さでした。
事故後の1980年6月29日、日比谷野外音楽堂で「木田高介・阿部晴彦追悼コンサート」が開かれました。当日は大変な雨で震度4という地震もあったのですが、徹夜組が千人、チケットは即売で6千人が集まったのです。
入れなかった人も2千人と翌日の新聞は伝えていました。
北山修が泣きながら「帰って来たヨッパライ」を、オフコースは「いつもいつも」をアカペラで、吉田拓郎は「アジアの片隅で」、かぐや姫は一日限り再結成しました。
話が大分反れてしまいましたが、木田高介氏の葬儀の際に葬儀に参列した五輪真弓さんが、木田氏の妻の悲嘆ぶりを目の当たりにし、それを基にして作った楽曲が彼女の代表作となる「恋人よ」だという事を話したくて、長々書いてしまいました。(^^;
若くして亡くなった旦那(木田高介)さんを恋人よに込めて、歌う奥さんの心境と思ってもう一度聴くと、なんとなく聴いていた曲が感慨深いものとして心に響きます。m(_ _)m
改めまして、
五輪真弓お姉さまの63歳の誕生日、おめでとうございます。(^-^)
いつもご訪問、ありがとうございます!(^^♪
これからも
応援よろしく!
励みになります。
(v^-^v)♪


でも完成するのは十年位先の話しなのでしょうね。(^_^;)
本日1月24日の「今日は何の日」は、
1951年1月24日、歌手・五輪真弓さんの63歳の誕生日です。
今更取り上げる事も無い程、有名ですので紹介するまでも無いですね。


この歌は、1980年8月に発売された五輪真弓さんの18枚目のシングルですが、五輪真弓さんのシングルでは最大のヒット曲で、代表曲の一つとして挙げられますね。
いっぱい聴きたい曲があるのですが、この曲を入れたのにはワケがあります。
それは新潟県出身の木田高介氏を紹介したかった為なのですが、この人だけを紹介しても誰?と言われそうなので便乗させて頂く形で紹介です。(^-^)/

新潟県立新潟高等学校卒業後、東京藝術大学打楽器科に入学した木田氏は、在学中にジャックスというグループに途中参加、ドラムを担当していました。
その後ぱっとせず解散してしまいますが、解散後は編曲家となり、数々のヒット曲を手掛けました。
少し上げてみますと、
上條恒彦(出発の歌) 作詞:及川恒平、作曲:小室等、編曲:木田高介
かぐや姫(神田川) 作詞:喜多条忠、作曲:南こうせつ、編曲:木田高介
りりィ(私は泣いています)作詞:リリィ、作曲:リリィ、編曲:木田高介
ダ・カーポ(結婚するって本当ですか) 作詞:久保田ひろ子、作曲:榊原政敏、編曲:木田高介、石川鷹彦
TULIP(魔法の黄色い靴)作詞・作曲:財津和夫/編曲:チューリップ・木田高介
など数々のヒット曲を手掛けていますが、作詞・作曲と違って編曲者が紹介される事も少ないですし、1970年代に活躍された人ですから、知らないと言われても仕方無い所でもあります。(^_^;)
1975年からは、ザ・ナターシャー・セブンに所属していましたが・・・

歌手の間では欠かせない編曲者だったわけですが、残念な事に1980年5月、山梨県の河口湖沿いにて車を運転中に事故を起こし、同乗していた阿部晴彦さんと共に亡くなってしまいました。まだこれからという31歳の若さでした。

入れなかった人も2千人と翌日の新聞は伝えていました。
北山修が泣きながら「帰って来たヨッパライ」を、オフコースは「いつもいつも」をアカペラで、吉田拓郎は「アジアの片隅で」、かぐや姫は一日限り再結成しました。
話が大分反れてしまいましたが、木田高介氏の葬儀の際に葬儀に参列した五輪真弓さんが、木田氏の妻の悲嘆ぶりを目の当たりにし、それを基にして作った楽曲が彼女の代表作となる「恋人よ」だという事を話したくて、長々書いてしまいました。(^^;
若くして亡くなった旦那(木田高介)さんを恋人よに込めて、歌う奥さんの心境と思ってもう一度聴くと、なんとなく聴いていた曲が感慨深いものとして心に響きます。m(_ _)m
改めまして、
五輪真弓お姉さまの63歳の誕生日、おめでとうございます。(^-^)
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